私が開院した理由

【野球少年】

野球場

私がこの仕事を選んだきっかけは12歳の時でした。

小学校3年生から始めた、地元の少年野球チームのピッチャーだった私は、6年生になり、毎日練習に励んでいました。

秋に少年野球として最後の大会を控えていたのですが、夏休み中だったでしょうか、その頃から段々と「肘」に違和感を感じるようになっていました。

不安と焦り

最初は「変だなぁ」と思いつつも、日に日に痛みが強くなっていき次第に「不安」と「焦り」が強くなっていき、
次第に肘が曲がらなくなり、指先が肩に付かなくなってしまいました。

それから、近所の病院や接骨院に毎日のように通うことになりましたが、一向に肘の痛みは良くなりません。

「このまま投げられなくなるのかな…」

野球ができなくなるのではという不安でいっぱいでした。

長生療術という整体との出会い

そんな困っていた私を見た知り合いの方から、「良い整体の先生がいるから、そこに行ってみなよ」と言われ、半信半疑でその整体院に行くことになりました。

すると、投げる度に痛かった肘の痛みが、嘘のように引いて行ったのです。

通う度に段々と肘も曲がるようになり、小学生だった私は衝撃を受けました。

「毎日電気を当てて治らなかったのに、先生すごいなぁ」と父や母と感動しました。

その治療のおかげもあり、地元金沢市の大会で優勝することもできました。

本当に嬉しく、その先生に心から感謝しました。

夢を追い続け…

それから、中学、高校と野球を続けたのですが、当時はプロ野球選手になるのが夢でした。

小さい頃から野球をやっている人は、一度は夢見ると思うのですが、私もそんな途方もない夢を、当然のように描いていました。

しかし…部員が100人ぐらいいる強豪校に入学した私は、ベンチにすら入れず、周囲とのレベルの違いを痛感することになりました。

バッティングピッチャーなど裏方の役割をこなすようになり、「活躍する選手を支える役割を担う」「チームに対して貢献できるのは、こういう形でも良いんだ」

むしろ、

活躍している選手の陰には必ずサポートしている存在がいるんだなと実感することができ、『様々な挫折』を含め多くのことを学ぶことができました。

志(こころざし)

高校に入り、今度は肩を壊し、再び長生療術の先生のもとに通っていた私は、いつしか、

『ケガが多かった自分のように苦しんでいる人はたくさんいるはず』

と次第にこの先生のようになりたいなと思うようになりました。

なかなか治らなくて困っていた自分のように、「こんなに良い治療法があるんだよ」とあきらめていた人にも手が差し伸べられはしないかと考えるようになりました。

自身の経験から

私がこの道に進もうと決意した時に、自分が自信をもってすすめられる治療でなければいけないと思いました。

選択肢は色々とあったのかもしれませんが、自信を持って提供できる治療がしたかったのです。

同じように、病院や色々な治療をしていても長い間治らずに、やりたいことをやれず、あきらめようとしている方のお力になりたい、そう感じていました。

【学生時代】

大学4年の時に、周りは就職活動で忙しい中、私は東京にある『長生学園』というあん摩・マッサージ・指圧師の国家資格が取得できる専門学校に入学しました。

しかし、大学の費用と専門学校の費用、全てを親に頼れるわけではありません。

もうその学校に入学することを決めていた私は、大学の3年間、必死にバイトをしてお金を貯めました。

そうして入学できた学校生活でしたが、真面目に勉強しないとやはり着いていけるはずもなく…

夜遅くまでバイトもしながら、今まで無縁だった医療の世界を学ぶことはやはり大変でした。

修業へ

光

もっともっと苦労したのは、修業時代でした。

運良く、学生の頃から声を掛けていただいた私は、横浜市鶴見区の生麦にある『長生医院』(現在は長生院) にて修業させていただけることになりました。

もちろん、学生の間は患者さんを触らせていただけることは、ほとんどなく、あったとしても補助的なことだけでしたが、大いに勉強させていただきました。

厳しさを痛感

「長生医院」は昭和の初期から「長生館」として、多くの方々に知られている大変歴史がある治療院です。

当然、患者さんも古くから通ってくださるベテランの方ばかりです。

どんな仕事でもそうだと思いますが、最初はうまくいかず、患者さんから厳しいお言葉をいただいたり、
師匠や先輩にも叱咤される日々が続きました。

修業は住み込みだったため、どんなに嫌なことがあっても必ず先生や先輩と顔を合わせなければならず、本当に何度逃げだそうと思ったことでしょうか(笑)

しかし、段々年数が経ってくると、厳しいことをおっしゃった患者さんが、今度は少しずつ褒めてくださるようになり、自分の施術で

「楽になったよ」
「うまくなったねぇ」
「またお願いね」

そうお声をかけてくださるようになりました。

それはもう、本当に嬉しくて嬉しくて、「人から喜んでもらえる」ことが、自分にとってこんなに嬉しいことだったのかということが、今も変わらず原動力になっています。

将来を考え始めた

実は…この頃

社会人野球をしていた兄の影響もあり、修業期間が終われば、「スポーツトレーナー」になりたいなとも考えていました。

しかしお世話になっていた先生から、

「困っている人はたくさんいるんだから、なんでそんな狭いところに限定するんだ」

「自分で開院すれば野球選手だって来れるんだし、スポーツ選手じゃない人にも来てもらえるし、喜んでくれる人も増えるんだよ」

とご指摘をいただき、それから自分の治療院を持ちたいと考えるようになりました。

治療院を開きたい

トレーナーという仕事ももちろん魅力的だったのですが、主に診るのはチームの選手だけです。

自分の治療院を持てば、もちろん野球選手も来れるし、腰痛などでお困りの方も診ることができます。

そして、自分と同じように小さい頃にケガをして『あきらめよう』としている子の助けにもなれる。

自身の経験や、挫折も活かすことができるのではないかと考え始めました。

その先生のお言葉で自分の考えや視野が広がりました。

そして開院後

約5年ほどの修業生活を終え、無事開院という運びとなりましたが…

まだまだ世の中は甘くありませんでした。

修業後、現在とは違う場所で治療院を開くことになりました。

修業時代も多くの患者さんに喜んでいただけていたんだから、一人でやっても患者さんは変わらずたくさん来ていただけるだろうと思っていました。

しかし、考えが甘かったですね…私は大きな勘違いに気づかされることになりました。
修業時代の私は「長生医院」というブランドに守られていたのです。長生医院は、黙っていても患者さんは集まります。

決して、私がすごかったわけではなかったんです。

私は、大勢いる研修生の一つのピースにしかすぎず、開院したものの、自分の無力さを痛感させられることになったのです。

ある先生との出会い

芽が出る

開院後、

「井の中の蛙」だったことを痛感した私は、

『自分自身を見つめ直すきっかけ』を修業時代から研究会などで度々お世話になり、私のことを気にかけて下さっていた先生にいただきました。

その先生の治療院にお邪魔させていただき、勉強させていただけることになりました。

 

教えと気付き

そこで、技術的なことはもちろんですが、最も大切な「治療家」としての姿勢、在り方を教えていただきました。

患者さんのための治療のはずが、いつしか「自分のため」になっていたんですね。

患者さんからすればどうでも良いようなことばかりに気持ちが向いてしまい、自分を守るために、自分の考えを
押し付けるようなことをやってしまっていたのではないかと、深く反省しています。

治療家としての心構え

患者さんが、

「どういう気持ちで施術を受けているのか」
「どんな気持ちで治療院に来ているのか」

その先生に「治療家」としての心構えを再認識させられました。

どこを向いて治療しているのか?
自分のため?
誰のため?
患者さんのため?

うまくいかない焦りから、そんな『当たり前のこと』が見えなくなってしまっていました。

要するに自分に自信がなかったんですね。

修業はしてきたけど、思うようにいかない…
焦りと不安で自分自身に言い訳してばかりだったように思います。

本当に患者さんに対して申し訳なくなりました。

大きな変化

一人の人間として尊敬できるその先生のおかげで、自分と自分の施術に自信を持つことができるようになり、次第に患者さんにも笑顔が増えるようになりました。

患者さんの笑顔が見れる機会が増えると、

「あぁ本当に良かったなぁ」

と、高校生の時に志した純粋な気持ちを思い出し、

「自分はこういうことがやりたかったのか」と患者さんに幸せになってもらうことが、自分の目指していたものだったんだと、ようやくその形に近づけたかなという思いでいます。

やさしいことを丁寧に

「今やっていることは本当に患者さんのためになっているのか」
「独りよがりになってはいないか」

完璧にできているわけではないと思いますが、常に自問自答しながら、「自分のため」ではなく「患者さんのため」という当たり前なことが、【丁寧に】できるよう、これからも日々精進して参りたいと思います。

本当にその先生との出会いに感謝しています。

変わらぬ思いで

妻の出産を機にこの横浜の地で開院し、2017年3月に現在の場所に移転しました。そして、大和町商店街に院を構えて、丸10年を迎えることとなりました。

はじめは大変な時期もありましたが、多くの患者さんの「笑顔」に支えられ、治療家を志したあの時と変わらぬ思いで、日々を施術させていただいています。

患者さんから、温かいお言葉をいただくと、本当に嬉しくなり、自分も笑顔になれます。

これからも、お互いが笑顔になれるような治療院でありたいと心から願っております。

歩み続ける

現在は長生医学会以外の先生方とも交流を持つ機会に恵まれ、鍼灸師、カイロプラクティック、柔道整復師の方とともに勉強させていただいたりしています。

たくさんの刺激を受け、まだまだ成長できる可能性が大きくあると思うと嬉しいですね。

まだまだ勉強していかなければいけないことはたくさんありますが、日々勉強、そして患者さんに還元できるよう日々精進して参りたいと思っております。

長文にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。